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アポなし訪問された思い出

兄が彼女と同棲していたアパートを出て、一人暮らしを始めたのは21歳の中頃だった。当時の給料は手取りで10万と少し。東横線綱島から徒歩8分の綱島台にある6DKの家賃は5万円。兄にお前はB型かと突っ込まれた。(当時血液型ネタが流行していた)

 

勤務先は渋谷区渋谷。東横線渋谷改札を出るとすぐ右に曲がる。大きなバスターミナルの上を宮益坂方面へ渡る歩道橋を10分ほど歩くと東邦生命ビル、今のクロスタワーに出る。ビル風を受けながらタワー内を通り抜けると目的の建物に到着する。

一人暮らしはまあまあだった。夜遊びは滅多にせず、真面目に家に帰った。遊ぶお金もなかったからだ。「私だったら夜も寝ないで遊びまくるのに!」と思われただろうけど、却って真面目に自分と向き合う時間となった。若かったから時々遊びに出ていろんな人と話す。出会いに発展してしばらく連絡を取り合うこともある。

そういった些細な日常を一か月に一度電話してきて探る男性がいた。雑談風に30分ぐらいいろいろ聞きだされるが、教えてあげていた。今は〇〇くんとよく話す、、、とか○○ちゃんとどこそこへいった、、、など。すべてチェックされていたようだ。「みいちゃん、(私)何か悩み事があったら僕に言って。相談にのってあげるよ?」でも肝心な人の秘密や自分の悩みなどは話したことは無かった。まったく好きではなかったし、その人から好かれていると感じたことも一度もなかったから。

アポなし訪問されたことは3回ぐらいある。最初は綱島のアパート。私は昼下がり、ひとりでトイレに入っていた。人影が窓ガラスにうつり、ドアをノックする。トイレに入っていたので出なかったらいつまでも人影は動かない。10分ほど経ってからドアをあけるとAくんが立っていたのだ。その夜おそくまで居たのか覚えてないが、Aくんが私の部屋で大をするといってトイレに入った。誰かから電話がかかってきて無言で切れた。するとAくんは便座に座ったままトイレのドアをあけて(折り畳み式ドアのトイレ)今の誰?と異様に反応していた。これでます、あーこのひとは全く意識してないなと思った。2回目は、宅配便です!と嘘をついて突撃してきた。22歳の9月ごろだ。まだ暑く、私が着ていたジャンパースカートをダサい、ドラム缶のようだと言った。カシオペアのカセットをくれてよく聴いていた。あれは良かった。

わかりますか?全然男女の関係ではなく、安心、でもちょっとうざい?ような関係。時どきこうして長距離を移動してやってきて、コンサートなどに出かけた。もちろん普段のお礼の意味で奢ってあげた。

 

3回目は町田の公団。バレンタインデーを控えた日曜日、会社で配るチョコを台所で作っていた。部屋は当然超メッシー。ノックの音に出てみるとA君が立っていた。もちろん入れるわけにはいかない。30分ぐらい外で待っていてもらった。部屋でコンビニ弁当を広げたのでお茶を出した。それは中学時代、英語の福田先生が、僕は飯を食う時にお茶がないと食われへんのよと言っていたのをなぜか思い出したからだ。

お土産に作ったチョコをあげたら、喜びもせず、帰りの車のなかで食べたと言っていた。僕は甘いものは食べられんからなといいながら。努力したと言いたかったのだろう。そういうロマンチックなとこなんかなんもない、何か変だぞ?と私も気づかなければならない罠だった。

町田の公団を出たのは転職したからだ。当時大流行していた会社に採用されたのはいいが、ぴたりと連絡が途絶えた。気にも留めずに過ごしていた。

 

 

うんざりするようなショックについて

人はどうしようもない衝撃を受けたらどう反応するか。

私の場合、ひたすら眠る。とにかくあらゆる体の機能を、スイッチを切ってしまうのだ。かすかな糸口を探らなければならない場合には、ざわつく胃のあたりを押さえながら考える。

寝ても起きても考えている。

結構論理的なのだ。

自分でも知らなかったけど。

努力をしない?根気がない? 本気にならない?

これらの性質もすべて当たっているかもしれないから黙っているのだ。

 

ショックについて、話を戻すと、まだ私が25歳の頃の話だ。

東京から帰省した私に、中学時代の友達から連絡があって遊びに行った。

お互いに独身で、話すことはいろいろあるはずだったからだ。

隣の部屋から彼女が乳児を連れてきて、私の赤ちゃんです。

と見せたときに、その衝撃に襲われた。

どうにかこうにか会話を続けた。たぶん普通に話していたと思う。

家に帰ると、顔も洗わず部屋に入って次の朝まで眠った。

何も考えることはなかった。

あれが。これまで生きてきて受けた、どうしようもないショックの上位に入るだろう。

あれ以来逢ってもないが、おそらく立派に成長しただろう。

 

他にもひどいショックを受けているが、かなり免疫が出来ている。

 

人に対する態度は一貫して柔和を心がけているが、

今でも人に弱いから悪いと一方的に非難されてしまう。

もしそれが本当で、強くならなければ生きていけないのなら、私なりに弱点を補って強味を磨かなければならない。

 

何にも悪いことをしてなくて、ただ黙って生きている人でも陰口によって本気で非難されるって、相当理不尽だけどまさに今の私の状況そのままで、

昔読んだ吉田戦車の「伝染るんです」のネタにもあって爆笑した記憶がある。

自分を重ねていたのかもしれない。理解されない笑い、理解されない眠気。あーつまらないな。

 

 

....これにも罠があって、あの漁師の娘Kから突然電話がかかってきて、彼女に子供がいることを知っているかと訊く。共通の友達であるKSも、さすがはあの子らしい、しっかりしていると褒めていたよ、と口を割らせようとする。私は別に口止めされたわけでもないのだけど、これまでにされてきたことから危険を感じてとぼけておいた。

すると、口止めしたわけでもないのに隠したな、と件の中学の同級生から睨みつけて脅かされた。

あるときなどは彼女、マルチ商法にはまって家に9時まで居座り、入会金2万円を払う申込書を置いて帰った。切羽詰まって背に腹は代えられぬ状況だろうと母も言っていたが、加入すれば私も誰かを巻き込むことになるので断じて断ったが、これも恨み節の一つとなっているようだ。

きれいごとだけでは済まない人間関係ってどこにでもあるけど、ちょっとこれはひどすぎる。私は何回殺されかけたことか。父も胃ろうで栄養補給をして体をパンパンに腫らせて亡くなったが、自然に亡くなったのではないように言う人もいる。

こちらとしてはもう耳を塞ぎたいような気分になる。

件の彼女、葬式が終わって2日後に、ものすごく明るい声で電話をかけてきた。普段暗めの人物像で青年時代から中島みゆきのファンだった彼女が何の目的でかけてきたのだろう。探りを入れるためだ。ようやくここと関わりあって40年目ぐらいで知恵がついた。

本当につらいときには人は口に出せないものだが、何か目的があるときに人は辛さをことさらに強調する。ほとんどが経済的なこと、次には地位や名声(?こんなことして軽蔑されるのがおちだが)。

さらっといえるというのがとても怖いなあと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガープの世界のプー

昔ジョンアーヴィングのガープの世界という映画を観た。そして小説を読んだ。覚えがきとして、プーの存在の意味が理解できる。改めてこの作家はすごいなと思う。

 

夜明け前のひととき

子供を2泊3日のキャンプに送り出して戻ったところ。朝4時の出発だったので3時に起きた。今日は昼間眠いだろうな。

 

 

発熱でアンサンブルフェスに行けず(子供)

アンサンブルフェスだから一人ではない。相手の子には申し訳ないことをした。高校生だが何かできることはないだろうか。これに出ると評価される。その子はボランティアもしている。評価されるために練習をしていた。もちろんうちの子も。昨日の夜、リハーサルをしていてなんか顔が赤い。どうしたのと手を当てると熱い。早めに8時過ぎに寝かせたが、38度以上の熱が出ている。今は40度。とてもじゃないけど行けない状態だった。土壇場で発熱…こんなことは初めてだ。体調管理が悪かったのだろうか。

風邪はどこから感染するかわからないが悪化させないように整えるのが親の役目だ。忙しすぎたのだろうか。

風邪気味で咳をたまにすることはよくある。先週もその調子でそのうち治るパターンのはずだった。金曜の朝、寝坊をして朝シャワーをしたあと、髪を濡らしたまま出かけようとしていたので風邪をひくから乾かすように言ったが遅れるのでそのままでかけた。ならスウェットシャツのフードをかぶれと言ったら私の発音でFoodと聞こえて言われたのでいつものようにどんな発音、教えてとやりあったので覚えている。Hoodと手本を示して出かけた夜に発熱した。風邪のウイルスの調子と体調の加減もあるので何時から発熱するかなど誰も予測は出来ない。今現在発熱してから42時間経過し、やっと微熱に戻ってきた。無理をして出かけていたらもっと悪化させていたかもしれない。大人になれば熱でも無理をして仕事をするが、体が出来ていない子供の頃には無理だと思う。相手のお父さんが正しい判断をしてくれた。うちの子にうつっても困るから。とテキストしてくれたのでごもっとも、正直なところだろうとお礼を言った。私たち母親はせっかく練習したので出られる(熱が下がったら)出させてあげたいと考えた。

でも熱はやはり下がらなかった。正しい判断ができる父親というのが家庭には必要なのだろうな。そのような役の人間が。私が今はそれかな。そのうち彼の心の中で頼る人間が出来てくるかもしれないな。っていうか必要だろうな。自分の成長期を顧みて、親身になってくれる人が居なかったことが大きかったように思う。親類縁者が離れて暮らす核家族、我が家という一軒家の周りはどのような心の人間が暮らしているのか想像もできないような縁の無い土地だった。成長期に頼りにしたい人間がいない時自分がしっかりしていないとどうなるかは身をもって経験している。この子にはしっかりしてもらいたいがその素質はあまり見当たらない。親が気を付けて悪い交友関係には目を光らせてやらないといけない。そしてそれは複雑(一見親しげでも裏があったり)なのだ…。

子供と向き合って、もしもこの子が病気になったら取返しがつかないなあ、疾走するのはよいが、子供のためにペースダウンしてあげないとな、向き合ってあげないとな、内職もよいけど栄養のある料理や手作りのお菓子をもっと作ってあげないとな。

と思った。

親として食事を与える時無理強いはしないが、チャンスを見て野菜やスープなどの健康に良い食べ物がどういう風によくておいしく感じるかを伝えてきた。ジャンクはおいしく感じるけど、このように体に悪いということも出典を示して(子供は私の英語を信用してない)説明してきた。もっとうまく徹底させてあげたいが、肉類ばかりが好きなのは成長期の男の子だから仕方がない。比較的安価な外食は添加物を入れたり食べやすくしてリピーターを増やすために細工してあるのだが、子供はもともと健康なのでその影響が蓄積されるまでは気にしていない。親がコントロールしているが環境が強すぎて合わさざるをえない。他所のおたくでは夕食もピザだからうちもそれでいいやとなったりする。その間に合わせの頻度が問題なのだ。ピザは月に2回ぐらい、ハンバーガーは月に一回と決めているが難しい、出来合いのデリでのローストチキンやらサブやらもあるし、家についてから調理を始めて7時ごろにちゃんとした夕食を母子でとる日は週に3回ぐらい。これを5回にするのだ。疲れている時にサブウェイが食べたい!と言われたらつい買ってあげてしまうのをやめる。根性がいるなあ。(作り置きを温める、スロークッカーを利用することもやっているし手早くレンジを利用するやり方も、野菜を切って保存しておくこともしている。なんだかすごく馬鹿にされているみたいだけどそれほど間抜けではありません)

私の料理の中では、いろんな野菜を細かく切って入れた(ネギ、大根、ニンジン、豆腐など)味噌汁が好きで玄米や卵焼きが好物。カレーやミートソース、手巻き寿司や卵チャーハン、オムライスが好き。シーザーサラダ、キュウリの浅漬け、納豆も好き。外食だとハンバーガーやピザも大好物。手作りのカスタードプリンやカップケーキ、フィナンシェも大好き。私が得意な焼き魚や煮つけ(かぶと煮ぐらい強い味付け)や手作りハンバーグ、手作り餃子も好き。でも最近テスティクル(睾丸)あたりが痛み、病院へ行ってダイエットの指導をうけ糖質ゼロダイエットにしてかなり体重は減らした。子供はカレーには白米が好きだが買っていない。敢えて玄米を与える鬼親だ。もっとバラエティに富んだ内容で行きたいのだけど、食べないものを作る労力を考えて休みの日などにしている。普段の日は決まったパターンで時間が刻まれていく。ライターの仕事をしている時にはコンピューターゲームで遊んでいる。もっと連れ出してあげないと。こちらではというか我が家の住宅事情ではその辺で遊べとは言えないのだ。親が休日は計画してマイアミではよくつるんで遊ばせてあげていた。もう学年も上がってその必要がなくなったので油断していたのかもしれない。

本当にこれは失態だ。子供は熱で寝ている。私は反省の時間としている。

先生にも申し訳ない事をした。一生懸命指導してくださったのに、すべて無となった。

 

目が覚めました

何となく違和感があったし、疑念が沸き上がっていたことだったので。何十年も時間とお金を費やしたのか。でもそればっかりじゃなかったし結構自分のリアルな人生も持っている。自分にしかわからない感覚も持っているそれは大変厳しいものだ。別な苦労の方がよっぽどやりがいがあるだろう。若い頃の野望をすらすらとかなえる人を見て羨ましいと思う事自体が無意味なのです。

嬉しかったこと

 

子供がしてくれる善行は、役立つとか役立たないとか関係なく受け止めてあげたいもの。だけど今回は本当に効いた。子供が居間に自分の古い靴下を出して置いていた。何をするのかと思ったが、私が見ていない時に米を入れていた。そしてラベンダーソープを少し加えたものをレンジで温め、首にあててくれた。しょっちゅう首がこる、と言っていたのでインターネットで調べてホットパッチを作ってくれたのだ。

子供のおなかが痛む時にも役立つし、すぐに使えるから本当に重宝している。

 

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